新学年が始まって少し経ち、国語のテストが返ってくる時期になりました。点数を見てため息をつき、こんな声がけをされているご家庭は少なくないのではないでしょうか。
「傍線の前後をちゃんと読んだ?」
「キーワードに線を引きながら読みなさいって言ったでしょう」
「『しかし』のあとが大事なんだから」
どれも間違いではありません。むしろ、塾で教わる「解き方のコツ」としては正しい。けれど——これらをいくら繰り返しても点数が伸びないお子さんがいる、というのが今日のお話です。
テクニックは「効く子」と「効かない子」がいる
長年生徒を見ていて思うのは、解法テクニックというのは、土台が整っている子に対してだけ、劇的に効くということです。
たとえば「接続詞のあとに注目する」というテクニック。これが機能するためには、そもそもその文章全体で筆者が何を言おうとしているのかを、おおまかにでも掴めている必要があります。森の全体像が見えている子が「ここが分岐点ですよ」と教えられれば、確かにその先を注意深く読める。ところが、森の中で迷子になっている子に「Y字路に注目」と言っても、そのY字路が物語のどの地点にあるのか分からないので、結局どこにも辿り着けません。
「キーワードに線を引く」も同じです。何が大事な言葉なのかが分かる子は、線を引くまでもなく頭の中で印がついている。逆に、どれも同じに見えてしまう子は、線を引いても「全部線だらけ」になるだけで、かえって読みにくくなります。
順序を間違えると、テクニックは「呪い」になる
ここが今日いちばんお伝えしたいところです。
テクニックを土台より先に入れてしまうと、お子さんの中でこういうことが起こります。
「『しかし』のあとが答えだと聞いたから、意味は分からないけどここを書き写した」
「傍線の前後の二文を見ろと言われたから、前後の二文を機械的に抜いた」
「指示語は直前を指すと習ったから、直前の名詞を入れた」
——読んでいないんです。解いているだけで。
こうなると厄介なのは、簡単な問題は正解してしまうことです。表面的な処理で解ける問題は、表面的な処理で解けてしまう。だから保護者も本人も「できている」と錯覚します。そして学年が上がって、本当に文章を読まないと解けない問題に出会ったとき、急に点が取れなくなる。「前はできたのに」となるわけです。
ここで慌てて追加のテクニックを足しても、残念ながら効きません。土台の話だからです。
では、家庭では何を?
「テクニックの前に読解の土台を」と言われても、家庭でできることは限られているように感じるかもしれません。ですが、声かけを少し変えるだけでも違いが出ます。
一つ目は、「どう解いた?」の前に「何が書いてあった?」を聞くこと。テストが返ってきたとき、間違えた問題の解き方を追及するより先に、「この文章、どんな話だった?」と聞いてみてください。三行でも説明できれば大丈夫です。説明できないようなら、そもそも読めていない、ということになります。
二つ目は、「線を引きなさい」より「気になったところある?」。傍線の前後を読めという指示は、結局のところ大人が答えを知っているから出せる指示です。お子さん自身が「ここ、なんだか大事そうだな」と感じ取る力のほうが、長い目で見れば強い武器になります。
三つ目は、普段の会話で「つまり?」「要するに?」を使うこと。これは国語の勉強として構えなくて結構です。テレビを見ていても、本の感想を聞くときでも。「その話、要するにどういうこと?」と聞かれ慣れている子は、文章を読むときも自然に要約しようとします。
テクニックは、いつか必ず役に立つ
誤解のないように申し上げておくと、私はテクニックを否定しているわけではありません。むしろ入試直前期には、テクニックが点数を押し上げる決定打になることもよく知っています。
ただし、それは土台ができてから。順番を間違えると、テクニックはお子さんを「読まない子」にしてしまう危険がある。——ここだけは、どうかご留意いただければと思います。
新学年、まだ始まったばかりです。焦ってテクニックを詰め込むより、「何が書いてあった?」の一言から始めてみませんか。
山本