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数学史4外伝「確率論」
2026年05月23日
こんにちは。確率・期待値が高い方を選ぼうと思っても、ついついワクワクする方を選んでしまう飯田です。
場合の数や確率も大変興味深いテーマなので、外伝としてお話したいと思います。
平らな二面を持つ木片や骨片が、1万年以上前の北米アメリカ先住民たちの遺跡から発見されました。棒状や円盤状のもので、表と裏で結果を示す「バイナリーロット(二進法サイコロ)」と呼ばれるサイコロの可能性があるそうです。
ちなみに、正六面体のサイコロは、インダス文明(ハラッパ・モヘンジョダロ)の遺跡から発見されています。メソポタミア文明(アッシリア)の遺跡から出土したサイコロは、現在のように平行面の和が7だったそうです。アッシリアでは、その年の名前(年名)を決める際に、くじやサイコロを使って最高官(リム)を選んでいたという記述があります。中国でも2300年前の戦国時代にはすでに使われていたそうです。日本へは奈良時代以前に「双六」と共に中国から伝わったと言われています。
人類はこれらを占いやゲームの道具として用いながら、場合の数、確率というものを考えていくようになります。
一方で、数学的な研究はだいぶ時代が下ります。最古の研究の一例では、ガリレオ・ガリレイが「3個のサイコロの目の和に関する確率の問い(和が9より10になりやすい理由)」を考えました。それぞれの出方を区別して数え上げることで正確な解答を導いたそうです。
17世紀、パスカルとフェルマーは往復書簡をかわして、途中で中断したゲームの賭け金を、それまでの勝敗状況に基づきどう分配するのが公平かという「分割問題」を考えました。このとき、有名な「パスカルの三角形」が生まれます。パスカルはこれを用いて、樹形図的に確率を考えました。一方、フェルマーは組み合わせ論を発明します。また、解決への過程で、期待値という考え方が誕生しました。ある事象が起こる確率とその結果得られる報酬の積を平均した「期待値」の概念は、その後、ゲームだけでなく、政治・経済にも影響を与えていきます。この往復書簡が確率論の起源と言われる所以です。
その後、ヤコブ・ベルヌーイ(1713年)が、著書『推測術(Ars Conjectandi)』で、「大数の法則」を証明。試行回数が増えるほど真の確率に近づくことを示しました。ド・モアブル(1718年)は『偶然の理論』で正規分布の端緒となる近似法を提案し、のちの確率統計学の端緒を開きます。ラプラス(19世紀初頭)は古典的な確率の定義を確立し、天文学や社会科学への応用を広げました。さらに、コルモゴロフ(1930年代)が測度論に基づき、確率の3つの公理(確率公理)を定義し、確率論が厳密な数学の一部となります。
確率と経済活動が結びついた現代的な代表例は「保険」です。前回の数学史で、ロンドンの保険シンジケート「ロイズ」についてふれましたが、現代では、保険業と数学は密接に結びついています。「アクチュアリー(保険数理士)」という職業がありますが、これは、確率・統計などの数理的手法を用いて、保険・年金事業の不確実な事象(リスク)を評価・管理するプロフェッショナルです。主に生命保険・損害保険会社やコンサルティング会社で、保険料の設定、商品開発、決算、リスク管理、資産運用などに従事します。
では、失礼します。
enaあざみ野校校長・算数数学担当 飯田
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