ブログ

「(配慮)疲れ」と学力
2026年08月13日
帰国生からは、「学校の英語が簡単でつまらない」とか「発音をからかわれて嫌だ」とか「学校の英語の先生の発音が滞在していた国の発音と違うので萎える」とかそういう話を聞かされることがあります。
帰国生を受け入れている側からは、「不思議な日本語の表現から本来の意味を推測して当ててあげることに疲れる」とか「日本で勉強して覚えた英文法や英単語を古いとか教科書的すぎるとか言って下に見てきて嫌だ」とか「日本語を覚えようとしないので徒労感を覚える」などの話を聞いたことがあります。
どちらも「配慮」に疲れているというのはあるでしょうが、疲れてもやることをやっている人の最終的な学力が伸びているということは言えると思います。人の話を最後まで聞けずに割り込んで話す癖がある人も、さすがに筆記試験の最中に人の答案用紙を物理的に邪魔することはできないからです(そんなことをしても合格させる試験は無いと分かっているのでしょう)。
多様性の時代ですから人と話すだけで疲れることもあるかもしれませんが、そういうときは筆記試験で点数を出すことに集中して勉強してみると、疲れも昇華されるのではないかと思います。
山本