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無限の話カントール5「カントールの生涯」

2026年06月18日

こんにちは。選択公理 (Axiom of Choice)とは、「互いに交わらない空でない集合の族に対して、各集合から1つずつ要素を選び出して新しい集合を作ることができる」という公理です。これはカントールの考えた「任意の集合の順位付け」と同値です。ある意味当たり前なことを、ちゃんと考えてみると実は不思議なことがある1つの例でしょう。飯田です。

最後にカントールの生涯を振り返ってみます。

無限に挑み次々と無限の秘密を暴いたカントールは、当時のヨーロッパ数学界で異端視されました。

古代ギリシャのアリストテレス以来、数学界では「終わりなく続く状態(可能無限)」は認めても、「無限そのものが1つの塊としてそこに存在すること(実無限)」を扱うことは、神の領域を侵すものとしてタブー視されていました。カントールは「無限を数え、大きさを比較する」ことで、この禁忌にふれました。

カントールは、当時の大数学者レオポルト・クロネッカーなどから「集合論は狂気の沙汰である」と激しく攻撃されました。クロネッカーは「自然数は神の作ったものだが、それ以外は人間の作ったまやかしだ」という直観主義を掲げていました。カントールの論文の掲載を遅らせたり、ベルリン大学への就職を邪魔したりといったこともしたそうです。また、ポアンカレやエルミートたちもカントールを病人・怪物扱いしました。

実際、カントールは研究の過程で、「1センチの線分の中にある点の数」と「巨大な宇宙空間(多次元空間)にある点の数」が全く同じであることを数学的に証明してしまいました。これにはカントール自身も衝撃を受け、友人の数学者デデキントへの手紙に「私はそれを見ているが、自分でも信じることができない!」と書き残しています。発見者すら驚愕する内容だったため、周囲の数学者が「パラドックス(矛盾)だ」と反論するのも仕方がありませんでした。

実はカントールは非常に敬虔なキリスト教徒でした。彼は「この無限の理論は神から授かった絶対的真理だ」と信じて妥協しませんでした。しかし、孤立無援のまま権力者から叩かれ続けた結果、深刻な躁鬱病を患うようになります。生涯の後半は精神病院で療養生活を送ります。そして、1918年1月6日この世を去りました。

カントールの晩年、ダフィット・ヒルベルトやロバート・ラッセルといった次世代の天才たちが「カントールの集合論こそ、数学をより厳密にするための最高の武器だ」と気づいたことで、カントールの業績は数学の世界で認められようになります。その後、ゲーデル、コーヘンなどによって、公理系の整理、理解が進み、数学はさらに発展していきました。カントールは、ZCF公理系、不完全性定理、選択公理などの新しい数学の道の開拓者と言えます。

では、失礼します。

enaあざみ野校校長・算数数学担当 飯田

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