ブログ

AIなしでも書ける力を
2026年06月13日
生成AIが普及し始めた頃、「作文の講座はもう要らなくなるのでは」という声が、冗談のような本気のようなトーンで聞こえてきました。私自身は、廃止されても構わないと思っていましたし、抵抗もしませんでした。
数年経って、講座は残っています。そして、ほかの講座より空コマになる率は低い。ありがたく嬉しい誤算(?)です。
なんで生き残っているのかなと考えたとき、思い当たるのは当たり前の事実です。入試で問われているのは、AIの使い方のうまさではない。AIが出てきたことで日本語文法がまるっと変わったわけでもありませんから、AI以前と同じように、整ってはいるけれど借り物の言葉でできた答案より、粗削りでも熱量のある作文を目指すほうが得策です。
たとえば「異文化での体験について書きなさい」という課題で、体験談のまとめに「多様性を尊重することが大切だと学びました」と書く。文法的に正しく、倫理的にも申し分ありません。けれど、そこへ至る根拠が自分の言葉で書かれていなければ、本心ではそう思っていないのに入試だから猫をかぶったのではないか——読み手は、そう疑うことができてしまいます。
作文指導でやることは、技術の暗記ではありません。「本当はどう思ったの?」を掘り起こして、生々しい本音を、そのままぶつけるのではなく、人に読んでもらえる水準まで昇華する練習です。この作業は骨が折れます。しかし、AIがいくらでも文章を量産する時代でも、考え抜かれた言葉は誰かの記憶に残ります。
教室では毎回、それぞれが自分の作文と向き合っています。
山本